迫ってきた戦争の足音 (下)
(上から続く…)
NATOに加入するにはいくつかの条件があります。
国内で紛争を抱えていないこと、NATO加盟国すべての加入同意が取れることが大きな条件です。
イギリスをはじめヨーロッパ諸国はフィンランド、スウェーデンの加入に関しすぐに同意したのですが、トルコだけが同意するための条件を出しました。
その条件は、フィンランド・スウェーデンがPKK(クルド労働者党)の支援をやめること、亡命しているクルド人を引き渡すことでした。
クルド労働党は、アメリカにおいてもテロ組織に認定されている団体です。
しかしクルド人が迫害されてきた歴史を考えると、クルド民族の「国家を持ちたい」という気持ちも理解できる人々であり、フィンランド・スウェーデンは人道的な立場からクルド人の亡命を受け入れてきた経緯がありました。
クルド人は、主にトルコ、シリア、イラク、イランの4か国にまたがる国境地域に暮らしており、各地で独立運動を展開しています。
クルド人の多くはイスラム教のスンニ派であると云われています。
従ってシーア派が大勢を占める国においては、「邪教の民」であり迫害の対象となるわけです。
また、独立を目指すわけですからそれぞれの国にとってはテロリストに映ることになります。
特にトルコとイランはPKKに手を焼いており、NATO加入に際しトルコがフィンランド、スウェーデンに反クルド施策を条件として突きつけたわけです。
PKKの支援をやめることと亡命しているクルド人の引き渡しを、トルコは要求しました。
合意がなされたということで実際に引き渡すかどうかわかりませんが、フィンランド、スウェーデンは自国の安全保障のためにクルド人を見捨てたと考えていいでしょう。
外交は時に残酷な決断を迫られるものなのです。
日本の政治家にこのような決断の覚悟があるのでしょうか。
それはともかくトルコの同意が得られたことで両国のNATO加盟は前に進むこととなりました。
それを受けて、7月17日にはトルコ、ロシア、イランの3か国の首脳会議が開かれました。
実はこの首脳会議は、西アジアから中東にかけての国際情勢をより混迷させるものになるのではないかと考えています。
表向きはシリアのアサド政権が安定化するように、隣接するトルコ、イランがシリアに協力する形ですがそこにロシアが加わりました。
シリアに対しては、イラン、ロシアはアサド政権を支持する側であり様々な支援を行っています。
この両国は明らかに反米であり、経済制裁対象国です。
一方、トルコはシリアの反政府勢力を支援しており、アサド政権とは距離をおいています。
しかしながらロシア、イラン、トルコはそれぞれに友好国でもあるわけです。
実のところ、ウクライナ侵攻においてロシアを悩ませるドローンはトルコがウクライナに輸出している「バイラクタル」というドローンであり、ロシアはトルコのドローンによって多くの戦死者を出しているわけです。
今回の会談でロシアのプーチン大統領は、トルコのドローンに対抗するためイランのドローンをロシア側に導入する約束をしたのではないかとも云われています。
この3か国のつながりを穏やかに見ていられないのは、イスラエルであり、サウジアラビアでしょう。
イランとの間では核開発の問題もあり、イスラエルは対立関係にありますし、サウジアラビアはイランとの間においてはイスラム教のシーア派とスンニ派の対立関係にあります。
またイエメンにおいては、サウジアラビアとイラン、シリアは明らかに「代理戦争」と云っていい内戦を行っています。
この3者会談の前にはアメリカのバイデン大統領が中東を訪ねており、サウジアラビアとの交渉において石油増産の約束もできず微妙な雰囲気になっています。
アフガニスタンの撤退の失敗以来、アメリカは中東でのプレゼンスを完全に失っており、オバマ政権下で起こった中東の混乱が、バイデン大統領によって再度もたらされるのではないかと心配です。
ロシアのウクライナ侵攻後、世界は日々状況が目まぐるしく変わっています。
エネルギー価格の高騰、食料の供給不安、インフレの進行、日々ニュースを追っていても追いつかない程です。
主要国の政権が不安定化していることも大きな不確定要素です。
イギリスのジョンソン首相の後はロシア強硬派の首相になりそうだとの声もあり、ヨーロッパはより混迷しそうです。
10月の第20回全人代を迎える中国もおとなしくしているのかと思えば、10月にはドイツ、フランス、イタリア、スペインの首脳に訪中の要請をしたとの報道もあります。
これは香港筋から出ている情報で、北京で報道官が否定したようですが、西側の切り崩しを考えていることは明白で、習近平の第3期の前提であるところも興味深いところです。
その中国も上海のロックダウンの影響、不動産会社倒産などで経済的に苦境に陥っていることから、アジアにも大きな影響が出ることは間違いないでしょう。
既にスリランカは経済が崩壊してますし、韓国も危険水域の1ドル1300ウォンを超えています。
日本にいると実感がありませんが世界的な戦争の足音が聞こえてきているように思えてなりません。
令和4年7月25日執筆